指摘するのを躊躇するのはなぜ?(No.1767)

若手専門若手専門コーチ佐藤慶子のコーチングブログ
 
おはようございます!
 
愛を注ぐ企業支援の
 
佐藤慶子です。
 
 
 
最近、「対話」ということについて
 
考えることが多く
 
こちらでも「対話」について書くことが多いですね。
 
組織が抱えている課題は
 
人と人が話をすれば、解決することが
 
とても多いと感じています。
 
 
 
そこで、私が最近気になっていることの1つが
 
「人はなぜ言いたいことが言えないか」
 
ということです。
 
もちろん、どんな場であっても
 
どんな人が相手でも
 
相手が嫌な顔をしそうだとしても
 
必要なことは言えるという方も
 
いらっしゃることと思います。
 
が、なかなか言えないということが
 
多いと感じます。
 
 
 
 
とくに、相手にとって
 
耳の痛いことを言う必要があるときに
 
なかなか言えないのは
 
どんな気持ちがあるからだろう・・・?
 
と考えてみました。
 
 
 
相手にとって耳の痛いことを指摘すると・・・
 
相手に嫌われるのではないか?
 
相手が嫌な気持ちになるのではないか?
 
言った後の関係性が壊れるのではないか?
 
そもそも聴いてもらえるのだろうか?
 
自分が言うことを否定されるのではないか?
 
自分だって嫌な気持ちになりたくはない。
 
という気持ちがあるのではないかというのが
 
これまでの私の考えでした。
 
でも、もっと深い気持ちがあるように思えてきたのです。
 
 
 
何か専門的に学んだわけではないので
 
あくまで自分の考えになりますが
 
私は今はこう考えています。
 
「人は、人から指摘されるよりも
 
自分が気づいたことのほうが納得する」ということを
 
感じているので
 
自分が指摘することが効果的だと思えない。
 
だから、躊躇してしまう。
 
また指摘を喜んで受け取ってもらえる関係性を
 
築けていないことに
 
うすうす気がついている。
 
人が人の特徴を本能的に知っているから
 
だから言えないという状況になるのではないかと。
 
 
 
 
要するに、今、この関係性で
 
指摘をすることは逆効果になると感じているので
 
言えない。
 
ということではないかと
 
考えています。
 
 
 
 
となると、
 
理想を言うならば
 
だれもが常に自分の改善点はないだろうかと
 
意識していること。
 
改善点を知りたいと思っていること。
 
成長のための気づきを喜べること。
 
自分の成長に挑戦している人同士が
 
お互いのために指摘し合える空気があること。
 
指摘してもらったことを素直に受け取り
 
感謝できること。
 
お互いに成長している実感があること。
 
そうであれば
 
前向きに指摘し合えるのではないでしょうか?
 
 
 
と、理想を描いてみました。
 
 
 
自分が理想としていることを
 
全て実現しようとされている経営者の方のお話を
 
お聴きして
 
とても感化されました。
 
 
 
私のミッションステートメントの中に
 
「あきらめずに夢やきれいごとを
 
どこまでも追いかける」
 
と書いています。
 
どこまでも追いかける人生を生きようと
 
決意を新たにしました。
 
 
 
 

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佐藤慶子プロフィール

佐藤慶子

土台構築コンサルタント
佐藤慶子コーチングオフィス 代表
銀座コーチングスクール認定プロフェッショナルコーチ
銀座コーチングスクール認定講師

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